OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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ゾロが走ると大きな紙袋の中身ががっさがっさと音を立てた。せっかくのパンが、と思う間もなくゾロは一目散に走って行くので、私も遅れないよう後を追う。
走り抜ける私たちを驚いた表情で見送る人々の顔が目について、目立ちすぎていると思った。
「ゾロ、こっち」
あっという間に見えなくなってしまいそうなゾロの襟を、肩に咲かせた手で引っ張る。気付いたゾロが振り返り、私が細い道に折れると踵を返して後をついてきた。
日向で伸びる猫を踏まないように狭い小路の角を曲がり、後ろを振り返ってゾロがいるかを確認した。
ゾロも後ろを振り返り、追っ手がいないか確認している。
「まいたみたいね」
「クソ、あいつ殺してやる」
肩で息をして、私たちは壁に背中を預けて呼吸を整えた。
「ナミに怒られちゃう」
「怒られんのはルフィだけだ、あのバカ」
騒ぎを起こさないこと、と言うのは私たちが毎度船を下りるたびに互いに約束し合う事柄で、守れることもあればそうでないときもあって、事実そうでないときの方が多かったりするのだけど、とにかく私たちは騒ぎを起こしてはいけなかった。
ところが呑気に街歩きをしていた私たちの方へ、わあわあと騒々しいやりとりが向かってくる。
その中心にはルフィがいて、どうやらお小遣いを使い果たして食い逃げを強行したらしかった。
ルフィだわ、と言った私にゾロがあのバカ、と短く言う。
やがて騒々しさはどんどん近づいてきて、いつもの赤いシャツを着た少年の姿が見えてきた。彼の後ろには、きちんと怒り狂った店の主人もいる。
まずい、と思うのも束の間、ルフィはやっぱり私たちを目に留めて、大きな声で「おーいゾロー! ロビーン! きぐうだな!」とぶんぶん手を振ったのだった。
果たして私たちまで一緒に追いかけられる羽目になり、三人並んで走りながらルフィはしししっと歯をならして笑うとあっという間に家々の屋根に飛びあがった。
「あとでな!」とまるでなんでもないように私たちに手を振って、彼の姿は見えなくなった。
追われるのは悪党の仲間二人、つまり私たちである。
彼の代わりにお金を払ったところで店主の怒りが収まるとは思えないし、出航はもう明日に迫っているのだから巻いてしまった方が簡単だ。
私たちは走って走って、ようやくルフィの巻き起こした喧騒から逃れることができたのだった。
呼吸が整ってくると、ゾロはまた「あの野郎許さん」と悪態づいた。
「どのあたりまで来てしまったのかしら」
「せっかく大通りまで戻ったっつーのに」
「音楽ももう聞こえないわね」
陽気な祭りの音楽は、いつの間にか耳に届かなくなっていた。
時刻はまだ昼の12時を少し回ったところで、お祭りの終焉には随分早い。街のはずれまで来てしまったようだ。
「ねぇ、あなたが用のある武器屋さんは確か街のはずれだったわよね。近かったりしないかしら」
「あぁ? あぁ、そういや見覚えのある景色なような」
ゾロはぐるりと辺りを見渡して、一つ首をひねってから唐突に歩き出した。
この町の家はどれも背が高く同じ色の石の壁でできていて、青や緑やオレンジの屋根も似通っているしどこの玄関口にもお祭りの花が飾ってあるので彼が言う見覚えのある景色と言うのはどうも信憑性が低いと思ったが、何も言わずに彼のあとに続く。
街の中心は家と家の間隔がほぼなく、ぴったりと寄り添うようにくっついて建っていたがこのあたりは広く間隔が取られ、小庭もあったりして風通しが良かった。
民家の花壇に咲いた花々に目を落としながら歩いていく。
不意にかくんと足首が曲がり、膝が折れた。
「あっ」と思わず声をあげると、咄嗟にゾロが私の腕を掴んでくれたので転ばずに済んだ。
「なんだ」
「靴が」
右足のヒールが折れていた。言わずもがな、石畳をガツガツと走ったからだ。
「折れてるな」とゾロが見ての通りのことを言う。
「残念。お気に入りだったのに」
「もう履けねぇのか」
「だってほら、こんなにもぽっきり」
「左側も折っちまえば高さ揃うじゃねェか」
「そういうわけには」
薄いグリーンのエナメル靴はヒールが高い割に歩きやすくて、久しぶりの栄えた港町での散策に履けるのを楽しみにしていたのに。
今日の服を選ぶように、口紅の色を選ぶように、この靴も面映ゆい心地で選んだのに。
でも仕方がない。私たちは突然なにかから逃げるために走ることだってあるのだ。
「いいわ、大丈夫。行きましょう」
立ち上がると、ゾロは頭を掻きながら「めんどくせー靴が好きなんだな」と不可解そうに言った。
「そうなの」と答えるしかない。
左右の高さが違う靴では歩きにくく、ヒールが折れたときにひねった右足首が少し痛んだが、歩けないほどでもなかったので気にしないことにした。
幸い少し歩いたところで古びた木の看板を提げた武器屋を見つけ、ゾロが捜していた店はここかと問うとそうだと言う。
「悪ィな、ちょっと待ってろ」
「それ持ってるわ」
ゾロからバゲットの袋を受け取り、店の壁にもたれた。
ゾロは扉を押して中に入って行く。
ひねった右足首がほんのりと熱く、耳を澄ますとじーんと音が聞こえるようだった。
店の向かいに家はなく、空き地のようになっていた。
木材が乱雑に積まれ、地面には雑草が伸びている。空き地の手前には立ち入り禁止の文字。
不意に足首を掠める感触に驚いて目を落とすと、白い子猫が私の足元にまとわりついている。じゃれるように脚の間を八の字で歩いて、なーと鳴いた。
動物にはあまり好かれる方ではないので物珍しく、同時にうれしくなる。
しゃがみこんでおそるおそる猫の額を撫でると、心地よさそうに目を細めた。
空き地の方からときおり猫の鳴き声が聞こえる。どうやら野良猫の集会所になっているようだ。
子猫は私が抱えるバゲットの紙袋を興味深そうに鼻先でつつき、なーとまた鳴いた。
「ほしいの?」
思わず話しかけてしまう。
「困ったわね、きちんと6本買わないとサンジに怒られてしまうの」
実際サンジは私に怒ったりしないが、足らないと怒る人がいるのは確実だ。
「もう今日はバゲットを焼かないと言っていたし」
三つ目のクロワッサンを残しておけばよかった、と少し後悔する。
「そもそもあなた、パンを食べるのかしら」
首をかしげると、猫も真似をするように小首をかしげて見せた。
「なにぶつぶつ言ってんだ」
不意に背後から声を掛けられ、後ろを振り仰ぐとゾロが怪訝そうに私を覗き込んでいる。
「用は終わったの」
「あぁ、待たせた。なんだ猫か」
「小さいの。あそこにたくさんいるみたい」
空き地を指差すとゾロもそちらに目を遣って、たいして興味もなさそうにふんと息を吐いた。
子猫はふいに私の足元から離れ、私が指さした空き地のほうへ不確かな足取りで歩いていく。と、空き地に積んである材木の影から小さな白や茶色の毛玉がぽろんぽろんと二匹現れた。
「あ」
兄弟がいたのね、と呟く。どこかに親もいるのかもしれない。
猫たちは身体を互いにこすりあわせて、高い声で何度も鳴いた。
「行くぞ」
「えぇ」
脚を痛めていることを忘れ、普通に体重を乗せて立ち上がってしまった。
ぴし、と氷に亀裂が入るのに似た刺激が走る。
微かに顔をしかめて一歩出遅れた私に、ゾロが気付いて振り返った。
「んだ、痛ェのか」
「少し。でも平気よ、ほらあんまり腫れてない」
右足を軽く振ってみせて平気だと示したが、ゾロは阿呆くさいとでも言いたげな顔で息をついて「強がんな」と言った。
「その袋貸せ」
バゲッドの袋を鷲掴んで私から奪うと、ゾロは私に背を向けてしゃがみこんだ。
「ん」
「え、やだ平気よ」
「いいから乗れ。乗せてった方が早ェ」
広い背中がかたくなにしゃがみ込んだまま動こうとしないので、おずおずと歩み寄る。
そっと肩に手を置くと温かく、その温度に引き寄せられるように身体を乗せた。
私が覆いかぶさると、ゾロはたいして踏ん張るそぶりもなくすっくと立ち上がり、右手ひとつで私を支え、左手にバゲットの袋を持って唐突にずんずんと歩き出した。
「ごめんなさい、ゾロ」
「何謝ってんだ」
「荷物を増やしてしまって」
「じゃあこれ持てるか」
がさりとバゲットの袋を鳴らす。
少し考えて、ゾロの脇腹の辺りに手を二本生やして袋を受け取った。
ゾロは開いた左手を後ろに回し、両手で私を支えてくれる。そして納得したようにひとつ頷いた。
「この方が安定する」
ゾロは来た道を引き返しているようだった。珍しく、私が何を言うでもなく正しい道を辿っている。
帰巣本能、と言う言葉が思い浮かんで少し頬が緩んだ。
ゾロの背中はしっとりと暖かく、シャツはまだ真新しい匂いがした。彼はおろしたての新品を着てきたのかもしれない。私がそうであるように。
後ろの首筋に頬を付けて、リズミカルに揺れる振動に耳を澄ます。
浅い彼の呼吸が心地よく、ひどく安心した。
「腹ァ減ったな」
「そういえばお昼がまだね」
「なんか食ってくか」
「そうね、大通りの方へ戻りましょうか」
「どっちだ」
丁度よい頃合に、道に大通りの方向を示す看板が出ていたのでそれを指差し「こっちみたい」と伝える。
ゾロは従順にもそちらに足を向けた。
「なにが食べたい?」
「酒があればなんでもいい」
「もう飲むの?」
「祭りなんだろ、今日は」
「あなた祭りじゃなくても飲むじゃない」
うるせぇな、と彼は言ったがたいしてうるさそうには聞こえなかった。
この町はなにが美味しいのだろうと考えていたら、ゾロがぽつりと「おれの村は」と口にした。
「ちょうどこんくらいの季節に祭りがあった。昼間はガキの剣道大会があって、それが終わるとどっかから神輿が出てきて、夕方から夜にかけて神輿を引いた。大人は神輿が出てきた頃からその辺で酒を呑み始めて、夜までずっと騒いでた」
ゾロはまっすぐ前を向いて、思い出すというより、目の前でそのお祭りを見ていてそれを私に説明するみたいな口調で話した。
そう、と答える。
「あなたも剣道大会に出たの?」
「あぁ。隣村からいくつか道場が参加してたが、おれの村のが一番強かった」
「その中でもあなたが一番?」
「あたりめぇだ」
ふん、と彼が鼻息荒く言い切るのでくすくす笑った。しかしゾロは笑い返すこともなく、まっすぐ前を向いている。
そっと後ろからうかがうように彼の顔を覗き込む。
まっすぐに引き結んだ口の端しか見えなかったけれど、私の知らない顔をしているのだと思った。
ときどき彼はこんな顔をする。
私にはわからない何かを考え、思い、また自分の中にしまい込む。
いつもそれがなにか教えてくれることはないのだけど、それは仕方のないことだと私はそっと納得する。
だって全部を分かり合えるはずなんてないし、彼の知らない私だってきっと存在するのだから。
「一人、絶対勝てない奴がいて」
子どもが負われる私を不思議そうに見上げながら足元を走り去った。
道は下り坂になり、伝わる振動が大きくなる。
「毎年勝ちたくて勝ちたくて仕方なかった」
そうなの、と答える。
あぁ、と彼も言う。
それでいつから一番になれたの。
なぜだかそんな単純な質問ができなくて、私は目を閉じた。
辺りがにぎやかになり始め、すれ違う人の気配も増えてくる。
彼の首筋に頬を付ける。
当たり前に一番にはなれなかった彼の心をとても近くに感じた。
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走り抜ける私たちを驚いた表情で見送る人々の顔が目について、目立ちすぎていると思った。
「ゾロ、こっち」
あっという間に見えなくなってしまいそうなゾロの襟を、肩に咲かせた手で引っ張る。気付いたゾロが振り返り、私が細い道に折れると踵を返して後をついてきた。
日向で伸びる猫を踏まないように狭い小路の角を曲がり、後ろを振り返ってゾロがいるかを確認した。
ゾロも後ろを振り返り、追っ手がいないか確認している。
「まいたみたいね」
「クソ、あいつ殺してやる」
肩で息をして、私たちは壁に背中を預けて呼吸を整えた。
「ナミに怒られちゃう」
「怒られんのはルフィだけだ、あのバカ」
騒ぎを起こさないこと、と言うのは私たちが毎度船を下りるたびに互いに約束し合う事柄で、守れることもあればそうでないときもあって、事実そうでないときの方が多かったりするのだけど、とにかく私たちは騒ぎを起こしてはいけなかった。
ところが呑気に街歩きをしていた私たちの方へ、わあわあと騒々しいやりとりが向かってくる。
その中心にはルフィがいて、どうやらお小遣いを使い果たして食い逃げを強行したらしかった。
ルフィだわ、と言った私にゾロがあのバカ、と短く言う。
やがて騒々しさはどんどん近づいてきて、いつもの赤いシャツを着た少年の姿が見えてきた。彼の後ろには、きちんと怒り狂った店の主人もいる。
まずい、と思うのも束の間、ルフィはやっぱり私たちを目に留めて、大きな声で「おーいゾロー! ロビーン! きぐうだな!」とぶんぶん手を振ったのだった。
果たして私たちまで一緒に追いかけられる羽目になり、三人並んで走りながらルフィはしししっと歯をならして笑うとあっという間に家々の屋根に飛びあがった。
「あとでな!」とまるでなんでもないように私たちに手を振って、彼の姿は見えなくなった。
追われるのは悪党の仲間二人、つまり私たちである。
彼の代わりにお金を払ったところで店主の怒りが収まるとは思えないし、出航はもう明日に迫っているのだから巻いてしまった方が簡単だ。
私たちは走って走って、ようやくルフィの巻き起こした喧騒から逃れることができたのだった。
呼吸が整ってくると、ゾロはまた「あの野郎許さん」と悪態づいた。
「どのあたりまで来てしまったのかしら」
「せっかく大通りまで戻ったっつーのに」
「音楽ももう聞こえないわね」
陽気な祭りの音楽は、いつの間にか耳に届かなくなっていた。
時刻はまだ昼の12時を少し回ったところで、お祭りの終焉には随分早い。街のはずれまで来てしまったようだ。
「ねぇ、あなたが用のある武器屋さんは確か街のはずれだったわよね。近かったりしないかしら」
「あぁ? あぁ、そういや見覚えのある景色なような」
ゾロはぐるりと辺りを見渡して、一つ首をひねってから唐突に歩き出した。
この町の家はどれも背が高く同じ色の石の壁でできていて、青や緑やオレンジの屋根も似通っているしどこの玄関口にもお祭りの花が飾ってあるので彼が言う見覚えのある景色と言うのはどうも信憑性が低いと思ったが、何も言わずに彼のあとに続く。
街の中心は家と家の間隔がほぼなく、ぴったりと寄り添うようにくっついて建っていたがこのあたりは広く間隔が取られ、小庭もあったりして風通しが良かった。
民家の花壇に咲いた花々に目を落としながら歩いていく。
不意にかくんと足首が曲がり、膝が折れた。
「あっ」と思わず声をあげると、咄嗟にゾロが私の腕を掴んでくれたので転ばずに済んだ。
「なんだ」
「靴が」
右足のヒールが折れていた。言わずもがな、石畳をガツガツと走ったからだ。
「折れてるな」とゾロが見ての通りのことを言う。
「残念。お気に入りだったのに」
「もう履けねぇのか」
「だってほら、こんなにもぽっきり」
「左側も折っちまえば高さ揃うじゃねェか」
「そういうわけには」
薄いグリーンのエナメル靴はヒールが高い割に歩きやすくて、久しぶりの栄えた港町での散策に履けるのを楽しみにしていたのに。
今日の服を選ぶように、口紅の色を選ぶように、この靴も面映ゆい心地で選んだのに。
でも仕方がない。私たちは突然なにかから逃げるために走ることだってあるのだ。
「いいわ、大丈夫。行きましょう」
立ち上がると、ゾロは頭を掻きながら「めんどくせー靴が好きなんだな」と不可解そうに言った。
「そうなの」と答えるしかない。
左右の高さが違う靴では歩きにくく、ヒールが折れたときにひねった右足首が少し痛んだが、歩けないほどでもなかったので気にしないことにした。
幸い少し歩いたところで古びた木の看板を提げた武器屋を見つけ、ゾロが捜していた店はここかと問うとそうだと言う。
「悪ィな、ちょっと待ってろ」
「それ持ってるわ」
ゾロからバゲットの袋を受け取り、店の壁にもたれた。
ゾロは扉を押して中に入って行く。
ひねった右足首がほんのりと熱く、耳を澄ますとじーんと音が聞こえるようだった。
店の向かいに家はなく、空き地のようになっていた。
木材が乱雑に積まれ、地面には雑草が伸びている。空き地の手前には立ち入り禁止の文字。
不意に足首を掠める感触に驚いて目を落とすと、白い子猫が私の足元にまとわりついている。じゃれるように脚の間を八の字で歩いて、なーと鳴いた。
動物にはあまり好かれる方ではないので物珍しく、同時にうれしくなる。
しゃがみこんでおそるおそる猫の額を撫でると、心地よさそうに目を細めた。
空き地の方からときおり猫の鳴き声が聞こえる。どうやら野良猫の集会所になっているようだ。
子猫は私が抱えるバゲットの紙袋を興味深そうに鼻先でつつき、なーとまた鳴いた。
「ほしいの?」
思わず話しかけてしまう。
「困ったわね、きちんと6本買わないとサンジに怒られてしまうの」
実際サンジは私に怒ったりしないが、足らないと怒る人がいるのは確実だ。
「もう今日はバゲットを焼かないと言っていたし」
三つ目のクロワッサンを残しておけばよかった、と少し後悔する。
「そもそもあなた、パンを食べるのかしら」
首をかしげると、猫も真似をするように小首をかしげて見せた。
「なにぶつぶつ言ってんだ」
不意に背後から声を掛けられ、後ろを振り仰ぐとゾロが怪訝そうに私を覗き込んでいる。
「用は終わったの」
「あぁ、待たせた。なんだ猫か」
「小さいの。あそこにたくさんいるみたい」
空き地を指差すとゾロもそちらに目を遣って、たいして興味もなさそうにふんと息を吐いた。
子猫はふいに私の足元から離れ、私が指さした空き地のほうへ不確かな足取りで歩いていく。と、空き地に積んである材木の影から小さな白や茶色の毛玉がぽろんぽろんと二匹現れた。
「あ」
兄弟がいたのね、と呟く。どこかに親もいるのかもしれない。
猫たちは身体を互いにこすりあわせて、高い声で何度も鳴いた。
「行くぞ」
「えぇ」
脚を痛めていることを忘れ、普通に体重を乗せて立ち上がってしまった。
ぴし、と氷に亀裂が入るのに似た刺激が走る。
微かに顔をしかめて一歩出遅れた私に、ゾロが気付いて振り返った。
「んだ、痛ェのか」
「少し。でも平気よ、ほらあんまり腫れてない」
右足を軽く振ってみせて平気だと示したが、ゾロは阿呆くさいとでも言いたげな顔で息をついて「強がんな」と言った。
「その袋貸せ」
バゲッドの袋を鷲掴んで私から奪うと、ゾロは私に背を向けてしゃがみこんだ。
「ん」
「え、やだ平気よ」
「いいから乗れ。乗せてった方が早ェ」
広い背中がかたくなにしゃがみ込んだまま動こうとしないので、おずおずと歩み寄る。
そっと肩に手を置くと温かく、その温度に引き寄せられるように身体を乗せた。
私が覆いかぶさると、ゾロはたいして踏ん張るそぶりもなくすっくと立ち上がり、右手ひとつで私を支え、左手にバゲットの袋を持って唐突にずんずんと歩き出した。
「ごめんなさい、ゾロ」
「何謝ってんだ」
「荷物を増やしてしまって」
「じゃあこれ持てるか」
がさりとバゲットの袋を鳴らす。
少し考えて、ゾロの脇腹の辺りに手を二本生やして袋を受け取った。
ゾロは開いた左手を後ろに回し、両手で私を支えてくれる。そして納得したようにひとつ頷いた。
「この方が安定する」
ゾロは来た道を引き返しているようだった。珍しく、私が何を言うでもなく正しい道を辿っている。
帰巣本能、と言う言葉が思い浮かんで少し頬が緩んだ。
ゾロの背中はしっとりと暖かく、シャツはまだ真新しい匂いがした。彼はおろしたての新品を着てきたのかもしれない。私がそうであるように。
後ろの首筋に頬を付けて、リズミカルに揺れる振動に耳を澄ます。
浅い彼の呼吸が心地よく、ひどく安心した。
「腹ァ減ったな」
「そういえばお昼がまだね」
「なんか食ってくか」
「そうね、大通りの方へ戻りましょうか」
「どっちだ」
丁度よい頃合に、道に大通りの方向を示す看板が出ていたのでそれを指差し「こっちみたい」と伝える。
ゾロは従順にもそちらに足を向けた。
「なにが食べたい?」
「酒があればなんでもいい」
「もう飲むの?」
「祭りなんだろ、今日は」
「あなた祭りじゃなくても飲むじゃない」
うるせぇな、と彼は言ったがたいしてうるさそうには聞こえなかった。
この町はなにが美味しいのだろうと考えていたら、ゾロがぽつりと「おれの村は」と口にした。
「ちょうどこんくらいの季節に祭りがあった。昼間はガキの剣道大会があって、それが終わるとどっかから神輿が出てきて、夕方から夜にかけて神輿を引いた。大人は神輿が出てきた頃からその辺で酒を呑み始めて、夜までずっと騒いでた」
ゾロはまっすぐ前を向いて、思い出すというより、目の前でそのお祭りを見ていてそれを私に説明するみたいな口調で話した。
そう、と答える。
「あなたも剣道大会に出たの?」
「あぁ。隣村からいくつか道場が参加してたが、おれの村のが一番強かった」
「その中でもあなたが一番?」
「あたりめぇだ」
ふん、と彼が鼻息荒く言い切るのでくすくす笑った。しかしゾロは笑い返すこともなく、まっすぐ前を向いている。
そっと後ろからうかがうように彼の顔を覗き込む。
まっすぐに引き結んだ口の端しか見えなかったけれど、私の知らない顔をしているのだと思った。
ときどき彼はこんな顔をする。
私にはわからない何かを考え、思い、また自分の中にしまい込む。
いつもそれがなにか教えてくれることはないのだけど、それは仕方のないことだと私はそっと納得する。
だって全部を分かり合えるはずなんてないし、彼の知らない私だってきっと存在するのだから。
「一人、絶対勝てない奴がいて」
子どもが負われる私を不思議そうに見上げながら足元を走り去った。
道は下り坂になり、伝わる振動が大きくなる。
「毎年勝ちたくて勝ちたくて仕方なかった」
そうなの、と答える。
あぁ、と彼も言う。
それでいつから一番になれたの。
なぜだかそんな単純な質問ができなくて、私は目を閉じた。
辺りがにぎやかになり始め、すれ違う人の気配も増えてくる。
彼の首筋に頬を付ける。
当たり前に一番にはなれなかった彼の心をとても近くに感じた。
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さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
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